現代における護法 -1980年代の政治と宗教-
平成元年(会報47‐1)
京都仏教会「宗教と政治検討委員会」委員
追手門学院大学教授 田中 滋
布教か社会活動か
既成仏教各宗派に属する僧侶の宗教者としての苦悩は、現在、次のような問題にどう対処するかということにあるのではなかろうか。すなわち、一つには、現代社会において仏教の布教というものがいかにして可能なのかという問題、二つには、宗教者に求められている社会活動は何なのかという問題であり、さらには、この布教と社会活動のどちらが優先されるべきなのかという問題である。
布教についていえば、明治維新以降の第三次とも第四次とも呼ばれる宗教ブームの現在において、既成仏教は、操霊による現世的利益を約束する新宗教の盛んな布教活動に圧倒されているというのが現状であろう。たしかに現在の宗教ブームには、仏教ブームというものも含まれているのだが、それは、歴史上の高僧たちの思想への関心が中心となり、その継承者としての現在の各宗派へと向かうものとはなっていない。
医療への関与の問題
社会活動の方はどうか。これは、「高度医療と生命の尊厳」という問題のクローズ・アップとともに、僧侶の現代における活動の場はここだとの認識が高まり、各宗派がもっとも力を入れていこうとしているものになっているといえよう。そこでの問題設定は、科学技術・生命技術が可能にした先端的な医療とヒューマニズムとの矛盾、ということに集約されるのではなかろうか。高度医療が医療を冷たい非人間的なものにしたという考え方である。医療が医療だけでは解決できない問題を抱え込んでしまったからこそ、宗教がそこに介在する意義があるという考え方である。
しかし、現代の日本の医療の問題は、現実には社会制度としての医療がもたらす問題の方がはるかに大きい。典型的には、薬害(薬の副作用がもたらす害) の問題である。現在の医療制度は、薬を多く処方すればするほど、また検査を多くすればするほど、営業的にペイする制度になっている。こうした薬の過剰投与が薬害を生み出し、隠れた薬害による死亡者数が死亡原因第一位のガンによる死亡者数に匹敵するのではないかと推定する者がいるほどになっているのである。
もし、現代の医療問題の中心がこうしたところにあるならば、宗教者が医療に関与するということはどういう意味をもつことになるのか。患者の救済ではなく、患者に対する犯罪的行為の共犯者にいつの間にかなってしまうということすら考えられるのである。ブームに乗るといったかたちの宗教者の医療への関与は危険である。
宗教者は医療問題に関与しない方がいいなどといっているのではない。医療への関与という社会活動を宗教者がおこなおうとするとき、宗教者は高度医療技術がもたらす問題だけではなく、医療制度がもたらす問題にも取り組まなければならないということである。
布教か護法か
明治以降の歴史を振り返ってみると、仏教者の宗教活動は、布教か社会活動かという選択肢だけではなく、社会活動をも含めた広い意味での布教かあるいは仏法の擁護すなわち護法かという選択肢の下に展開してさている。いうまでもなく、護法運動の典型は、明治初期の廃仏毀釈にたいする運動である。
廃仏毀釈の時代からすでに百年以上が経過し、現在は、憲法二十条によって信教の自由を保証された時代のはずである。そういった時代に、布教か護法かという問題設定はまったく意味を失っているかにみえる。
しかし、必ずしもそうとはいえない。身近なところでは先の古都税問題である。古都税問題は一九八二年に始まった問題であるが、すでに葬り去られていたはずの文観税が再び古都税という亡霊となってこの時期にあらわれた社会背景の一つに、一九八〇年前後から展開された宗教法人批判キャンペーンが挙げられる。このキャンペーンは、既成仏教を主たるターゲットにしたものではないが、古都税条例がこうしたキャンペーンによって喚起された世論をバックにするという側面があったことはおそらく疑う余地がないであろう。
さらにいえば、先の税制改革論議のなかでの不公平税制の是正論の一つの主要なターゲットに宗教法人税制が挙げられ、宗教法人がマスコミの集中砲火を浴びたこと、また古都税と同じく、課税されるならば信教の自由と政教分離の原則を侵犯することになる消費税の宗教活動への課税の動きがこうした世論の下にみられたことである。
こうした状況をみれば、布教か護法かといった選択肢の設定が現在においても必ずしも意味のないものではないことがわかるのではなかろうか。しかし、古都税問題は京都だけのローカルな問題だし、古都税にしろ、宗教法人税制不公平論にしろ、税金の問題であって、「護法」などといった言葉で語られる必要はないものであるといった反論もあろうし、あるいはなんといっても憲法二十条がある以上大丈夫だといった反論もあろう。
世俗世界の再統合
一度世俗世界の政治の動きに眼を転じてみよう。現在から一九八〇年代の政治を振り返ってみるとこの八〇年代を特徴づけるものはなんといっても第二臨調(第二次臨時行政調査会)の存在であろう。第二臨調は、土光敏夫氏をイメージ・キャラクターとし、また「増税なき財政改革」をキャッチ・フレーズとして、マスコミを総動員して展開されたまさに現代的な一大政治イベントであった。しかし、その本来の目的であるはずの行政改革(肥大化した中央行政機構の整理統合)は見るべきもののないままに終っている。
では、何がなされたのか。第一に挙げるべきは、やはり国鉄の解体・分割民営化である。国鉄の分割民営化そのものについての是非をここで論じることはできないが、その隠れた意図の一つに、労働組合バッシング(叩き)があったことが指摘できる。何十万人という構成員をもつ国鉄の労働組合を分割し弱体化させるという意図である。第二臨調がおこなったことの他の一つの重要な事柄は、地方自治体バッシングである。地方公務員の給与や退職金の高さ、地方議会の不活動性や過剰な議員定数等々が批判の対象となった。
日本社会は、戦後かなりの程度多元的社会と呼びうる社会になった。社会のこの多元性は、その社会を自由で民主主義的な社会にするための一つの重要な条件と伝統的に考えられている。労働組合や地方自治体は、社会の多元性を支える特に重要な構成員なのである(宗教法人もそうである)。
そうであるならば、第二臨調の目指したものが何であったのかがよく理解できると思う。すなわち、多元的社会の有力な構成員である労働組合や地方自治体を非難し弱体化させることによって、戦後の日本社会を一元化の方向で再統合しようとしたものであるということになる。第二臨調の中心的推進者であった当時の中曽根首相が「戦後政治の総決算」と呼んだのはまさにこのことなのである。
宗教世界の再統合
しかし、世俗世界の再統合は、政治的力やマスコミの力だけで成し遂げられるものではない。象徴的レベルでその再統合を補足するものあるいは牽引するものが必要となる。典型的には宗教である。ところが、現代日本の宗教世界も世俗世界と同様、まさに多元的な状態にある。仏教・キリスト教各宗派や神道、そして新宗教・新々宗教群である。世俗世界の再統合を牽引するはずの宗教世界も再統合の必要がある世界であったのである。
そうであるならば、一九八〇年前後から活発となり、不公平税制論の展開過程でピークに達した宗教法人批判は、まさに宗教世界の再統合を念頭に置いたものであったと考えられよう(むろん、宗教法人批判は税制に村する不公平感を煽るためのダシにされたという側面もある)。
では、どの宗教を中心として再統合がなされようとしているといえるのか。やはり神道を中心とした再統合(再国家神道化)であろう。ちなみに、GHQの発した一九四五年一二月一五日付の 「神道指令」をここに別記してみよう。
「公的資格における神道の保証、支援、保全、監督並びに弘布の禁止、神道及び神社に村する公の財源からのあらゆる財政的援助並びにあらゆる公的要素の導入禁止、内務省の神祇院廃止、神宮並びに官国弊社その他の神社に関しての宗教的式典の指令撤廃、公の資格における新任奉告、政治の現状奉告、公の代表として参列するために神社参拝禁止」など。 これらのうち、どれほどの項目が破棄されているかを考えれば、国家神道化の動きがどの程度進んでいるかが如実にわかるであろう。
古都税問題再考
世俗世界、宗教世界それぞれの再統合の動きが一九八〇年代にこのように活発化したのである。少し横道にそれるが、古都税問題もこうした一連の動きのなかで捉えてみると少し異ったものに見えてくる。
古都税問題の当時者であった寺院=宗教法人と京都市=地方自治体とはともに八〇年代の再統合化の動きのなかで批判の対象となっていた存在であり、両者が先の見えない紛争をくり広げればそれだけ宗教法人批判と地方自治体批判とに正統性あるいは根拠を与えるという構図になっていたのである。中央レベルの政治状況からいえば、両者がもめればもめるほど都合がよかったわけである。
国家神道化と護法
以上に述べたような世俗世界、宗教世界それぞれの再統合化の動きを考えれば、布教か護法かという問題設定の仕方が突飛なものでないことがかなり理解していただけたのではないかと思う。そしてまた、ここで護法という言葉で語ろうとしているものが信教の自由そして政教分離の原則の維持を前提にしていることも理解していただけると思う。
しかし、国家神道化の問題はすなわち天皇制の問題であるということで、僧侶の方々のなかには、特に歴史的に天皇家と結びつきのある寺院・宗派の方には、この問題を正面から論じることを忌避される方も多いかと思われる。そうした方には、天皇家と結びつきをもちまた尊敬や親しみの念をもつことと、戦前的な天皇制への回帰の否定とは、決して矛盾するものではないことだけを述べておきたい。
また、たとえ国家神道化が押し進められても、仏教が弾圧を加えられることはあるまいという考え方をする僧侶もおられよう。これは、明治以降の護法運動が仏教公認化運動へと変質していったのと同じ轍を踏むものであり、宗派・宗門の存在を守るという意味での護法ではありえても、本来の意味の護法となりえないことは明らかである。
日本の孤立化
護法というものを国際的視野の下でみるとどうなるか。現在、日米経済関係の険悪化がしきりに伝えられている。これは、世界経済が無国境化(ボーダーレス・エコノミー)することによって、国家間の貿易不均衡が拡大する一方となり、それが日米間で顕著にあらわれたこと、そしてまた、政権政党である自民党の派閥構造がもたらす構造的要因とさまざまなスキャンダルの発覚という一時的要因との重合によって、日本政治が指導者らしい指導者を欠いた状態(リーダーレス・ポリティックス)が生じ、経済摩擦にたいして適切な対応がとれなくなっていること。大きなものとしてはこの二つにその原因を求めることができる。
このような日米経済関係の険悪化がすぐに日本の、世界からの政治的孤立を生み出すわけではない。しかし、そこに文化的ディスコミュニケーション(意思疎通の不全)が加わるならば、孤立化への傾向が強まることになる。日本の政治家たちによる政策決定過程の不可解さや日本国民の過剰なまでの従順さ等の要因は、すべて日本および日本人にたいする薄気味悪さの感情を海外の人々に生じさせ、文化的ディスコミユニケーションを拡大する方向で働くことになる。
国標的視野の下での護法
日本が世界から孤立した場合、日本はどのような対応をするのであろうか。おそらく、世俗世界、宗教世界それぞれの統合度を高めることによって、孤立化がもたらす諸問題に対処しようとするのではなかろうか。しかし、それでは孤立化はいっそう深まることになる。
孤立化にたいしては、世界に通用するコトバで世界に向ってメッセージを送れる者が一人でも多く日本に存在することを- このことがもっとも重要になる。これが文化的ディスコミユニケーションを阻止するのである。仏教者の場合ならば、信教の自由と政教分離の原則という世界に通用する原則にもとづいて考え行動すること、たとえば国家神道化への動きにたいしてはっきりとノーということ、これが日本と世界との間の文化的ディスコミユニケーションを解消
する有力な手立てとなるのである。しかも、宗教というものが文化の中核をなすことを考えれば、仏教者のこうした発言や行動は特に重要となるのである。
仏教は、はじめにも述べたように、現代の日本社会において、残念ではあるが、その影響力を減退させてきている。しかし、幸いなことに、欧米の人々の間での仏教への関心は高く、仏教の日本における動向はかなりの影響力を世界に対してもちうるものと考えられる。仏教者が、沈黙するのではなく、信教の自由と政教分離の原則に照らして筋の通った発言や行動をおこなうことが非常に重要な意義をもつのである。
これが現代における護法の意義ではなかろうか。そして、それは世界に仏教を広め、また国内では仏教への信頼を回復することにつながるのではなかろうか。